案件背景
2021年7月1日、唐氏は人事担当者として、ある上海企業に入社し、2024年6月30日までの労働契約を締結した。
2021年12月30日朝、唐氏は上司に仕事上の問題で叱責された。唐氏は叱責内容に納得できず、10分ほど経ってから職場を離れた。そのあと唐氏はWeChatで上司に「ひどい言い方をされて気分が悪くなった。めまいや吐き気、動悸もひどく、仕事に戻れない」と伝え、その日一日の休暇を求めた。上司はすぐ返信し、最寄りの病院で診察を受け、1時間以内に職場に戻るよう求め、指示に従わない場合は就業規則に従い処分するという警告もした。監視カメラが職場を離れるまでの唐氏の姿を捉えているが、健康上の大きな問題は見受けられなかった。唐氏は一度帰宅してから、午後になって上海の普陀区中央病院の消化器科を受診し、2日前から吐き気と下痢の症状があると訴えた。病院は血液検査を実施した上で、同日とその翌日の2日間の安静を推奨と診断した病気休暇証明書を発行した。
唐氏は結局、翌日12月31日から同病院に入院し、病院で療養することにした。食事は通常どおり取ったが、1月8日に退院するまでにいくつかの検査をして、点滴および投薬などの治療を受けた。今回の入院で唐氏は、機能性消化不良、慢性非萎縮性胃炎、胃体部良性腫瘍切除後の粘膜隆起、高血圧などの症状があり、1月8日から21日間の休養が必要という診断を受けた。唐氏は1月21日、今度は上海の徐匯区中央病院に入院し、1月25日に十二指腸にある腫瘍の内視鏡手術を受け、2月3日に退院した。唐氏の退院に際し、病院は2022年2月3日から2022年2月10日までの休暇が必要と診断した病気休暇証明書を発行した。そのほか唐氏の通院および入院履歴の補足としては、2021年11月30日から12月6日の上海の普陀区中央病院消化器科への入院、2021年12月の上海中山病院での胃のエコー検査がある。
会社の記録によると、唐氏は2021年12月30日から12月31日、2021年12月30日から2022年1月7日、2022年1月5日から1月28日、病気休暇を申請していた。2021年12月30日は無断欠勤扱いで、ほかに提出された病気休暇証明書の信憑性に問題はないが、記載内容は「休養を推奨」で「休養が必要」でなかったことや、3日以上の病気休暇申請では三甲レベル以上の大きな病院での受診記録と病気休暇証明書が必要という会社が規定する条件を満たしていなかったため、申請は却下されている。
唐氏はその後、会社から二通の紀律違反通知書を受け取った。一通目の2022年1月5日付の通知書の主な内容は以下のとおり。
1. 2021年12月17日の研修運営で不手際があり、続いて12月29日の重要な研修でも多くのミスがあった。
2. 2021年12月30日、無断で職場を離れ帰宅。会社からの電話を無視し、上司との話し合いを放棄した。
3. 2021年12月30日から現在まで欠勤が続き、仕事の引き継ぎにも応じていない。
以上の書面内容で、会社は唐氏の紀律違反を指摘した。会社は裁判でも紀律違反の内容について詳しい説明を行った。具体的には、ひとつ目の社員研修は十分な周知が行われず参加者が極端に少なかった上に、途中でオンライン接続が不安定になり進行に影響が出たこと、ふたつ目の研修でセミナーの演壇幕や机や椅子の手配に間違いがあったこと、12月30日に仕事を放棄し無断で職場を離れ、それ以降仕事の引き継ぎを一切行わず、12月分の業績賞与2500元を差し引く処分が下されたことなどを挙げた。これを受けて唐氏も裁判で会社の説明に反論し、社員研修の出席率が低かったのは自分が原因でないことや、ほかの不手際についても濡れ衣であることを主張した。
2022年1月11日に懲戒処分を含む二つ目の通知書が会社から唐氏に送られた。無断欠勤を長期に渡って続け、会社からの連絡を一切無視し引継ぎもしなかったことを重く受け止め、会社として唐氏の懲戒処分を決定したという厳しい内容だった。唐氏は連絡が滞ったのは自分が入院していたからで、会社からの連絡を故意に無視したわけではないと主張した。
2022年2月6日、唐氏は会社に対し、賞与の一部を勝手に減額されたり、給与の未払いがあることを理由に、労働契約の解除を求める書簡を会社に郵送した。
ポイント
2021年12月30日は無断欠勤か、それとも病気休暇か?
裁判観点:
一審判決
2021年12月30日、唐は具合が悪くなり病院で診察を受けたが、その診断書と病気休暇証明書は病院が正規に発行したものである。したがって30日と31日は合理的な療養期間であると判断する。また、30日に唐はWechatで体調不良を理由に病気休暇を申請し、添付した病気休暇証明書も三甲レベルの病院が発行したものである。これは会社の就業規則が定める申請ルールに照らしても何ら問題がない。一方、会社は診断書が正規のものであることが確認されたにもかかわらず、唐氏の申請を却下し、その日を無断欠勤扱いとする不合理な対応をした。ここで注目すべきは、唐氏が上司に無断で職場を離れたこと、申請した病気休暇を会社が承認していないこと、その後唐氏が出勤しなかったことの三点で、労使双方に問題があることが明らかになってくる。まず労働者の問題は、たとえ勤務中に急に具合が悪くなったとしても、勝手な行動を取る前に上司に相談すべきだったことである。唐氏意識疎通に影響するような急病ではなかったのに、上司と十分に意思疎通を図る努力をしなかった。次に雇用主の問題は、会社としての常識的な権限行使の域を超え、従業員の病状の深刻度がはっきりしないうちに無断欠勤扱いを早々と決めたことである。従業員の健康問題にまったく留意しない、雇用主としてあまりにも身勝手な態度だと言える。一審はこれらの背景を総合的に判断した結論として、会社は唐氏の診断書および病気休暇証明書の正当性を認め、2021年12月30日を無断欠勤扱いすべきでないと判断する。よって会社に対し、無断欠勤を理由に差し引いた報酬や病気休暇中の給与を唐氏に速やかに支払うことを命ずる。
なお、会社が労働契約を不当に解除したとの唐氏の主張は支持しない。よって、本件に関して会社に経済補償の義務は発生しない。
二審判決
二審は唐氏の訴えを棄却し、一審判決を支持する。なお、残業および休日出勤に関する未払い報酬は、会社と唐氏のあいだで記録に基づき精算するよう命ずる。
唐氏は2021年1月4日から2021年3月31日までのあいだ、残業と休日出勤があったと主張し、自分で作成した残業記録や業務記録とWeChatの通信内容記録を証拠として提出した。仲裁の段階で会社は唐氏が提出した記録の信憑性を認めたが、一審では一転してを記録の正確性を否定しようとした。しかし、会社が反証のための証拠を提出できなかったため、裁判所は唐氏が提出した記録に基づき、残業を109.99時間、休息出勤を36.5時間と認定し、その対価の支払いを会社に命じた。
藍白評論
本件のような労働者の健康に関する問題は、従業員が雇用主に提出した病気休暇証明書の信憑性および合理性が重要なポイントとなります。病気休暇証明書は、病院が診断内容に基づき発行するもので、会社や学校に対して病状によってどの程度の療養が必要になるかを説明したものです。その信憑性に明らかな問題がない限り、雇用主が従業員に別の病院で再受診させることは、病院の診断能力を疑うという微妙な問題を孕んでおり、雇用主がそうした行動を取る正当性を証明するのは困難です。裁判所も労働者が自由に病院を選べる権利を尊重する傾向にあります。
雇用主が従業員の健康状態を正確に把握したい場合、プライバシー保護に留意しながら法的かつ合理的な対応をしなければなりません。まず、労働者が病気休暇申請の際に提出すべき必要書類を就業規則で明確に規定します。例として以下に一般的なものを挙げます。
1. 病院受付に関する記録
2. 診察内容
3. 領収書
4. 検査結果
5. 診断書
このほか、病気休暇証明書の提出のタイミングや提出方法、原本もしくはコピーの必要性などを明確にし、従業員が分かりやすいガイドラインを用意することをおすすめします。会社が指定する病院での受診または再受診を従業員に求める場合は、その要求が妥当である理由を明確に規定することが大事になります。例えば、会社が指定する病院がその地域で最も信頼性の高い病院のひとつであることや、病欠による業務への影響が大きいためなどです。再診察を求めることが労働者の心身の負担を余計に大きくしないように、状況を総合的に考慮しつつ、人事プロセスのチェック機能を向上させるようにしましょう。
編集担当
钱文漪
パートナー
ivy.qian@lanbailawfirm.com
程澜
弁護士
lan.chen@lanbailawfirm.com
翻訳監修
草野玄
シニアアドバイザー
kusano.gen@lanbailawfirm.com
藍白は、中国の労働法を専門領域として企業の人事労務管理をサポートする法律事務所で、2007年7月に労働契約法の公布と同時期に設立されました。18年以上にわたって業務を拡大し、企業の労使紛争にかかわる訴訟代理のほか、人事システム設計、人事リスクヘッジ、雇用方式の最適化、重要人材のリテンションなどに関するアドバイザリーや大規模な余剰人員整理や再配置プロジェクトの立案と実行支援を提供しています。これまで4000件を超えるの労働訴訟を担当し、対象者総数30000人に及ぶ150件の人員整理プロジェクトを解決に導く実績を重ね、内資外資を問わず、幅広い業界のトップ企業から深い信頼と高い評価を頂いています。
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