最近西岗区东关街的改造项目正式启动,开工之后也多少有机会让爱好者朋友们能在几年封闭后再次看看东关街。
分享一篇以过往旧时期的小岗子为发生地的日语推理小说,原文日语未翻译,仅供参考。
作者 及小说相关信息
大庭武年(おおばたけとし)略年譜
1904.09.07(明治37年) 浜松にて生まれる
1911.頃 大連に移る
19xx.xx. 早稲田大学第二高等学院文科入学、のち早稲田大学文学部英文科
1928.xx. 卒業、大連に戻る
1928.xx.~ 「青春」を大連新聞に連載
1930.10. 「十三号室の殺人」が新青年の懸賞に入選、掲載
(1932.03. 満州国建国宣言)
1932.xx. 満州国建国運動に参加
1933.06. 「小盗児市場の殺人」を新青年に掲載
1934.xx. 満鉄入社、この頃奉天に移る
1945.08.10(昭和20年) 戦死
小说原文:
大連の六月は、むせるような青葉の匂いで一パイでした。立ち並んだ胡藤《アカシア》の行路樹はどれもこれも甘酸っぱい花房を重たげに垂らし、その下を歩いて行く私の肩には、白いは葩《はなびら》が夢のように降りつもっておりました。
私は「老刀牌」を喫《ふ》かし、衣兜《ポケット》に両手を突っ込んで、そのまま肩で或る舗《みせ》の扉を押して這入って行きました。
「瑞仙号《ずいせんごう》」と言うのが店の名で、薄暗い土間の隅では昼でも小さい電燈をともして、大掛児《タアクール》の番頭が何かコツコツ細工物をしている陰気くさい貴金属商店でした。
「※[#“イ”偏に“爾”]有甚麼事情《なにようですか》?」
私が何気なく陳列棚の前に近よると、黒い幕の蔭から急に人の声が聞えて、私の眼の前には一人の痩せた支那人が立ちました。私は思わず悸《ぎょっ》としましたが、これは私の眼が室内の暗さに馴れなかった為で、何の事はありません。気がついてみれば、私の少し向うには先客が一人、今私の前に現れた支那人と今迄何か交渉をしていたらしいのでした。
「いや、ひとつみてもらい度い物を持って来たんだがね」
「何でしょうか?」
「これなんだが-」
ズボンの衣兜の底を探ると、私はダイヤの入った指輪を取り出しました。
「宝石《いし》ですか、宝石はお取り引き出来かねるのですがね-」
支那人は、爪の気味悪く延びた細い指先で、暫く指輪をひねくり廻しておりましたが、軅て埒《らち》もなさそうにそれを私の手に返しで寄越すと、
「当店《うち》では最近ずっとこう言うものはお断りしているんで」
私はひどく失望して了いました。この金策が不成功だったら先ず明日からおれはどうしよう-が、不図私はもう一つの品物を破れ襯衣《ルパシュカ》の胸の上に思い出しておりました。私は襟を立てた上衣の胸元をはだけ、襯衣から襟飾《ブローチ》を取りはずしますと今度はそれを掌に載せて差し出しました。
「純金《きん》ですね? それなら計量《はか》らせてもらいましょう」
支那人は無雑作に受け取って秤へ持って行きました。
「五匁三分あります」
「いくらになるんだ?」
球の多い支那算盤を器用にはじいて、支那人は可成りの額の金高を言いました。私は勿論売る事にしました。
「では住所と姓名を書いて下さい」
私は唐紙の控帳に筆を走らせると、渡された紙幣を元気よく衣兜にねじ込んだのでした。
2
再び路上では-私は限りなく愉快でした。ぽっちり上気した空の下には、総てのものが生々と呼吸をし、色風船を手にした街の子供達にも、カナリヤのように喋り散らしてゆく紳士淑女たちにも、何か葡萄酒にでも酔っ払ったような幸福さが盗れているように見えました。
肱の抜けた古洋服、穴の開いた帽子、そして襟飾が取られてめっきり破れ目から風が吹き込んでくる襟衣-だが私も人なみに靴音を高く口笛を吹いて行きました。
「もしもし、ちょっと」
そうして私が、ちょうど青葉と赤煉瓦のN町を下りきって灰色のT町の方へ曲ろうとした時でした。私は突然背後から呼び止められたのでした。
私は何気なく振り返りました。と、私の眼の前には、黒いソフトの下から赤く爛《ただ》れた眼を卑しげに光らせている中年男の、笑った顔がありました。
「や、君は!」
「ははは。どうもとんだ所で-」
私はガアーンと頭を撲られたような気がしました。意気地なく足がすくんであやうくへたばりそうになりました。
「駭《おどろ》いたらしいね?」
「…」
やむを得ず私は彼と並んで歩き始めました。然し私の悄気かたに較べ、相手の無闇と愉快そうな喋り方はどんなだったでしょう。
「-いやね、神の引き合せとでも言うのだろうな。今そこの支那人の舗で、おれが安時計を売りつけようとしているとあんた[#「あんた」に傍点]が這入って来たんだ。でも真逆、初めはあんた[#「あんた」に傍点]だとはどうしたって思えなかったんだがねえ」
「何しにこんな所迄来たんだい?」
忌々しげにぺッと唾を吐いて私は絶望的なヤケ[#「ヤケ」に傍点]さで言いました。
「あんたの後を追ってね、いや、それあ冗談だが-。ま、満洲景気に浮かれたとでも言うのかな」
「掏摸《すり》がかい?」
「御挨拶だなあ。まあいいや。ところで此処いらで一ペえ御馳走になりていんだがな」
男が足を止めた所は、軒から赤い纏形の商標がぶら下っている支那料理店の前でした。私はやむを得ず「包弁酒席《ほうべんしゅせき》」と金字で浮かした招牌の下を彼と共に潜らなければなりませんでした。
3
男は竜崎と言う無頼漢でした。東京の盛り場で掏摸を常習にしていた男で、私とは、まあ、次のようないきさつがあったのです。諸君《みなさん》だって事情を知って下さったら、屹度私の仰天の仕方が、さ程大袈裟でなかった事を御推察下さると思います。
そもそも私が、こんな見窄《みすぼ》らしい恰好で、知らぬ他郷を放浪しているのには、勿論相応の訳があったのです。もともと私は画家でして、一時はニ科なぞにも関係していた事があるのですが、生来、理性的には自信がない方で、いつの間にか普通人の生活からは落伍して遂には女房の稼ぎで、やっと裏店の人生を送ってゆくような意気地ない境遇になって了ったのでした。
女房は可愛い奴でした。近頃は昔を思い出す毎に舌なめずりがされてならないのですが、奴は小柄な綺麗な女で-ちょっと映画女優のミリアム・ホプキンス、あんな感じのするタイプでした。いつも夕方になると、くしゃくしゃにしていた断髪を乱暴にとかして、スカアフを怖てて首に結んで、「フロリダ・ダンスホオル」へ出掛けて行くのですが、おかしな話ですが、私はすぐ後を追いかけて迄も、奴を抱きしめていたいような気持によくさせられたものなんです。
こうして私達の生活は、貧しい乍ら幸福に続けられていたのですが、或夜私は霹靂の如くとんでもない光景を見せつけられて、その為に運命は思い掛けない方向に転回する事になったのです。と言うのは、私がそれ程惚れ切っていた女房が、或夜タキシイドを着た貴公子風の青年と、別れの接吻を暗闇で、熱烈に交していたではありませんか。
私はもともとそんな性質ではなかったのですが、生活が生活だった為に、もうすっかり僻んでいて、女房に裏切られてからは、其処にどう言う事情が伏在していたかと言う事も調べもせず、一途に女房の不貞を恨んで、堅く復讐を決意したのです。そしてその結果「女房殺し」と言う事になったのですが、然し新聞には、私の巧みに仕組んだ計画通り「踊子の厭世自殺」となって現れたのです-或いはこう言えば、諸君の中で思い出された方がありはしないでしょうか?
ところで、私はその当時、私の犯行は完全に世間の眼から逃れ切ったものと信じて、密かに瞞著《まんちゃく》された世間を軽蔑するような得意な気持でいたのですが、何ぞ計らん、誰知るまいと思うその秘密を、私はこっそり無頼漢の竜崎に知り尽されていたのです。奴はなんでも私の女房のハンドバックを偶然に電車の中で掏ったのだそうですが、あいにくその中に女房の書いた手紙が入っていたと言うのです。
宛名の人間は多分あの貴族風な青年でもあったでしょう。文面には、「-近頃家の亭主の様子がどうもおかしい。自分を毒殺する計画を持っているらしい。現に毒薬の瓶も見た。早く貴方の意志を決めて欲しい。私はすぐ逃げ出すから」と言う意味の事があったのだそうです。
その手紙に署名されてあった住所氏名を見てから、竜崎は夜でも昼でも私一家の様子を注視し始めたと言うのですが、彼は努力をさ程続けないでも、数十時間のうちには完全に報いられていたのです。と言うのは奴は壁に作った小穴からすっかり私が女房に亜砒酸を盛る顛末を見て了ったのでしたから-。
それから後はお定りの強請《ゆす》りなんですが、私は竜崎と言う男の蛇のような執拗さにはほとほと精根を枯らされて了いました。奴はどこからでも私を眺めていました。私は睡っていても奴の悪魔的な双眸を顔の上に感じなければなりませんでした。私は奴からのそうした精神的圧迫にとても耐え切れなくなって或夜ひそかに東京を脱出し、次の日には思い切って遣い満洲の地に、定期船に揺られ乍ら玄海灘を越えていたのでした。
だが今となっては、何と私は無駄な努力をしていた事になるでしょう-!
4
-黄酒《ホワン・チユ》がまわり始めると、竜崎は益々景気よさそうに喋り始めました。
「なあ、おれもあんたに逃げられた当座は腹も立てたさ。何たっておれはあんた[#「あんた」に傍点]の命の親だあな-」
「おい、つまらん事を大きい声で言うない」私は顔色を変えて遮らずにはおれませんでした。
「-誰が聞かないものでもないんだからな」
奴はニヤリと笑いました。
「ふふん、そう簡単にどじ[#「どじ」に傍点]は踏まねえ。心配《しんぺえ》するなって事よ」
私はヤケ支那酒《チヤン・チユ》を呷りました。むんむんする炒《ツアオ》料理の油っぽい、匂いは徒に私を悩乱させました。
「いつ頃来たんだい?」
[四五日前さ。御覧の通り荷物一つない着のみ着のままでね」
「東京の仲間はどうしたい?」
「奴等には一切秘密で来たんだ。連れでも出来ると足手纏いだからなあ」
「大連に知ってる人間でもあるって訳かい」
「どう致しまして。まあ早速だがこの儘あんたの所に御案内を頼み度いね」
「だって今いる所があるんだろう?」
私は狼狽しました。
「なアに、無料宿泊所にルンペンなみに夜だけ厄介になっていたんでね」
竜崎はいやらしく油の浮いた赤い顔をつるりと撫でて澄して言いました。
「兎に角、助かったよ。銀時計なんて一円にも引き受けねえって言やがるんだ。仕事をするにもまだ勝手は分らず、さすがのこちとら[#「こちとら」に傍点]も今夜の飯をしんぺえしていた所さ」
「然しおれだって貧乏はお見かけの通りだぜ」
「ヘヘヘヘ。冗談じゃねえ。どうせ死んだ妻君の持ち物と睨んだが、兎に角ダイヤモンドの指輪と、それから衣兜にはひと握りの札束を御持参の筈じゃねえか」
「ちくしょう!」
「ヘヘヘ、まあ以前《むかし》のよしみで当分お世話になろうか」
赤く爛れた眸で、竜崎は底気味悪く笑ってみせるのでした。
-陽のまだ高い街中を、私達はそれから辻馬車を駛《か》らせて阿片窟へ向いました。私は竜崎から誘われる儘に同伴したのですが、私の脳裏にはひょいと彼から逃れる機会があるかも知れないという考えが浮んだからでした。然し鴉片《アヘン》では完全に私が負けでした。煙斗《きせる》を豆油ランプにあぶり始めると私は間もなく睡って了って、重苦しい気持で眼が醒めた時にはもう竜崎が欠伸を噛んで起きておりました。
「おい、もう陽が暮れたようだぞ。湯でも一ぱいあびて、あらためて飲みに出かけようか」
私はもう運命的な鉄鎖をひしひしと感じておりました。逃れようとすればそれだけ執拗に蜘蛛のようにからみついて来る竜崎の手口を、今更思い浮べていたのです。どんな事をしても奴からは逃れられない-それは神秘的にさえ思える恐怖でした。
支那風呂に行って、体中の垢を落して、私達はそれから間もなく又別の支那料理店に卓子《テーブル》を囲んだのでしたが、そこで胡弓なぞを聴き乍ら杯を重ねているうちに、私は不図世にも素晴しい一つの考えを、まるで天啓のように、青白く頭に上せたのでした。
この悪魔的な竜崎から逃れられる唯一の方法、そして誰にも絶対に発き出されない完全な手段-そうだ、それは今や私の手中にあるのだ。
5
所で諸君の中で、大連を御存じの方は私が一言「小盗児市場」と言えば「ははあ」と頷かれると思いますが、そこは凡そ猟奇的な一画で大連の住宅地とは可成り離れた場末の支那街の、その又端れに罪悪と秘密の色に塗りくるめられて雑然と展開されているのです。そこは主として下層支那人の歓楽郷であり、又簡単な金融市場でもあるのでした。即ち「小盗児」と言う意味は「盗棒」と言う事であり、その市場と言う事は備品の売買される市場であることをさしているのです。
若し、例えて言えば大連の市民が盗難にかかったとします。すると彼は翌朝警察へ届けるより此の市場に出掛けて行った方が、失われた物を取り戻すに遥かに近道だと言う事になるのです。私は初めどうしても此の地域に足を踏み入れる勇気を持ち得ませんでした。韮と小便と塵埃の悪臭、虱を平気で首筋に這わせている苦力《クーリー》の雑踏、刑務所破りばかり集めて来たような形相の兇悪な大道芸人の群れ、殺人なぞはお茶の子と言った土地ゴロの無頼漢連中-だが、一度二度と覗いているうちに不思議に此の雰囲気は私を魅了して、今では平気にその一画の中でも最も暗黒面である密娼路次に迄、私は出入りする「通」になっておりました。
ここは常人では容易に近づけぬ所でした。路次の入口には糖果児《タンワール》売りなぞに変装した土地ゴロが頑張っていて、怪しい人間と見るとピイと合図の口笛を吹いて、その界隈を忽ち暗黒世界にして了うと言った工合でしたから。だから此の特殊な巷に迷い込むにはすっかり服装から態度まで支那の粋人か土地ゴロに化け込まない限り不可能でした。そして若しうまく足を踏み込んだらもうこちらのもので、賭博であろうが女であろうが常人では想像もつかない感能の満足を得る事が出来たのでした。で、説明が長くなりましたが、私はこの中で竜崎を殺し捨てようと考えついた訳なのです。
「おい竜崎」
私は先ず杯を置くと、つとめて平気を装いつつ言いました。
「-君はまだこちらに浅いから知るまいが、実は素晴しい魔窟があるんだが、連れて行こうか?」
案の定、竜崎は一も二もなく釣られてきました。
「どこだい、連れて行かないかい」
「だが、日本人だと言う事がバレると、とんでもない目に会わされるんだ。だから襦袢から支那人のをつけて行かなけりゃあならないんだ」
「訳はねえや。素裸になって着換えよう」
「じゃ支那服は二三着あるからおれの家に帰って着換えようか」
私は竜崎を案内して陋巷《ろうこう》にある支那建ての共同家屋にある、私の室に帰りました。そしてそこで先ず二人は真裸になり、汗※[#“榻”の偏が“木”偏ではなく、“さんずい”]児《ハンサール》(肌衣)から始めて褌子《クウヅ》(股引)をはき帯子《タイズ》(帯)をしめ袍《ポウ》(長衣)をぞろりと上から着流して忽ちのうちに支那人に早代りして了いました。もともと日本人と支那人は皮膚、顔貌、骨格、一切変った所はないのですから、こうして身につける物を一切支那式にすれば、あとはロを開かぬ限り日本人である事は判りっこありません。勿論竜崎の体に刺青があるとか、日本人らしい特徴があるとかは入浴の際予期せず検査して了っていましたし、又支那服に着換えてからの彼の所持品に就ては、それこそ抜かりなく注意が払ってあるのですから、そんな所から足のつくようなへマは絶対にしでかしっこはありませんでした。
「ところで金がすっかりになっちゃってるんだが、どうだい、残っている金をこっちに廻さないか?」
身仕度を一切整えると、竜崎はおくびを吐き乍ら私の前に図々しく手を出しました。
「残っている金を?」
私はむっと激しい反感をこみ上げさせました。
「そうむつかしい顔をしなさんな。お前さんにあ素晴しい形見のダイヤの指輪があるじゃねえか。だから札の方は器用にこっちの方に出しな。それぽっちの金、気前よく出した所であの秘密に較べりゃあ-」
「おい、くだらねえ強請《ゆすり》もいい加減にしろよ」
私は紙幣を掴んで相手の掌にたたきつけると、指輪を脱ぎ捨てた洋服から取り出して支那服のかくしに落し、
「さ、出掛けよう」
と扉を押しました。片手で深く衣嚢の下にしのばせた鋭利なジャック・ナイフを冷たく感触し乍ら-
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夜の「小盗児市場」の雑踏は、文明人から見ればまるで地獄のような光景でした。カンテラを釣した露天市場には闇を背中に貼りつけた数百数千の亡者のような支那人が思い思いにうごめいて、一種悪魔的な雰囲気を腐った古沼の毒気のように重く漂わしておりました。
先ず私達は歯の浮くような胡弓を大蒜臭い群衆に交って聴きました。「聴戯《テインシイ》」と言って耳芝居-浪花節にも相当するでしょうか。それから「球ころがし」「覗き」をひやかして次第に迷路の方へ進みました。
もうあたりは秩序ある社会とは遠く距離を距てた特珠地帯の中心でした。私は密娼小路の屋並みの真暗い片隅に近づくと、匿していたジャック・ナイフの刃を開いて、竜崎の背後にそっとせまりました。あたりには幸いこちらに注意している人の眼はありません。私は思い切ってグサッとナイフを相手の体に突き刺しました。竜崎はものも言わず崩れるように地上に倒れると、案外脆くもその儘息絶えて了いました。
「うまくやったぞ!」-私は手速く血に手が触らぬようにして、相手のかくし[#「かくし」に傍点]の全部を探り、一物ものこさぬように手配して、隼のように現場から姿を隠して了いました。周囲は相変らず数分前と変らぬ陰惨な歓楽郷でこんな殺人など蝿が殺されたも同様な無関心さを鷹揚に示しているように見えました。
7
「苦力《クーリー》の刃傷-昨夜十時頃、当市露天市場内に於て苦力体の支那人が刺殺されているのが発見された。所持品皆無にて身元不詳、又加害者もいち早く逃走して遺留品を残さず。当局は支那博徒の刃傷と認めて屍体を宏済病院に引き渡した」
翌日、私は欠伸をし乍ら、この朝刊の片隅にのせられた極く小さな活字の記事をひろい読みしておりました。何とうまく行った一幕だったろう-竜崎は完全に支那人にされた。そして今竜崎と言う一人の日本人が大連で消失した事に気づいている者は広い世界に私以外にはないのだ。そして尚、彼が大連に来た事を知る者がない以上、この秘密は将来ともに誰にも気づかれはしないのだ。おお「完全な犯罪」-私は永久に枕を高くして寝られる身分になったのだ!
私はその日久し振りに泥酔して、酒場から帰るなり、温突《オンドル》の上にごろ寝をして了いました。そしてあくまで伸々と四肢を伸して快眠をむさぼっておりましたが、不図扉をたたく音に眼を醒されました。
「誰だい?」
眼をこすり乍ら仏頂面できくと、扉の外からは、
「我和※[#“イ”偏に“爾”]有事、開々罷」《ようがあるんだが、あけておくれ》
と、家主の老頭児《ロオウトル》(年寄)の返事がありました。
私は仕方なく立って行って扉を開けてやりました。と、ぬ[#「ぬ」に傍点]っと這入って来たのは顫える家主を案内人にした、四五名の厳しい警官達でした。
「あッ!」私は思わず叫びました。が、その瞬間には私の両腕は頑丈な警官に堅く抑えられ、既に他の警官は室内を手当り次第に検索し始めておりました。鳴呼、何と言う事だろう、こんな事だったら竜崎の着ていた洋服だとか持物だとかは早く焼くなり捨てるなりして置くのだったのに!
「G警部、兇器が此処に押し込んでありましたよ」
一名の警官が素速く血塗れのジャック・ナイフを掌に載せて差し出しました。私はくらくらと血が頭へ上ると、たまらなくなって叫びました。
「犯人は私です。ですが皆さんはどうして犯人の見当がついたのですか!」
「ダイヤの指輪だよ」私服警部は私の方に向き直ると、満足げに顔をほころばせてこう答えました。
「多分被害者は掏摸の性癖でもあったんじゃないかね。奴は胃袋の中にちゃんと君から失敬した指輪を匿していたんだよ。なに、市中を洗ってみるとその指輪は瑞仙号の主人が昨日襟飾《ブローチ》を持って来た男から見せられたものだと言うんでね。主人は屍体の主も見覚えていたよ。それにしても好都合な事は控帳に君の住所氏名があった事さ」
「小盗児市場の殺人」
(新青年 1933.06. )
小説推理増刊 1974.08.
幻影城 1977.05. (幻影城)
朱夏 1999.10.
『大庭武年探偵小説選2』論創社・論創ミステリ叢書22 2007.01.20
大連の六月、私が貴金属商でブローチを売り現金を得たところを龍崎に見られてしまった。東京で掏摸をしていた男で、私は強請られていたのから逃げていたのだ。私は彼を都市の泥棒市場とでもいうような場所で葬ろうとしたが……。
しょうとるいちば。題名が印象に残る作品。日本人が行くのに危険な場所というのも良い設定。結末はコントに近いが、伏線など構成はしっかりしている。