日语美文朗读:猫の神さま(2)-吾輩も猫である

文摘   文化   2024-11-02 21:00   湖南  

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猫の神さま(2)

 やがて知ったことだけれど、彼女は、あたしにだけそう言ってくれるわけじゃなかった。オスの人間から、特にベッドの上で求められると、ものすごく簡単にその言葉を手渡した。
 あたしたちが生まれた時、すでにこの家に住みついていたオスは、<あたしのヒト>よりいくつか年上で、眼鏡をかけていて、猫の常識から言わせてもらうと信じられないくらいの身ごなしの美しくない人だった。自分の背が低いことをずいぶん気にしていたけど、そんなことより、その微妙に背伸びしながら前のめりにせかせか歩く癖を先に直せばもう少しマシに見えるのに、といつも思った。
 いけすかないオスだった。定職はあるような無いような感じで、<あたしのヒト>にえらそうに物を言い、家の中のことは何ひとつ手伝おうとしない。お金にならないことのためには動かない、と決めているみたいに。何より、あたしのことを、まるで犬を相手にするような身ぶりと声色でぞんざいに扱うのがいちばん我慢ならなかった。デリカシーというものが欠片でもあったなら、猫と犬を同列に考えられるはずがない。
 どうしてあんなにガサツな輩と暮らそうと思い、実際に長く暮らせたものか、気が知れない。<あたしのヒト>ときたら、猫を見る目はあんなに確かなのに、人間のオスを見る目はからっきしなのだ。
 彼は、殴るとか蹴るなどといった暴力こそふるわなかったけれど、不意にあたしを後ろから羽交い締めにしたり、ふざけて大きな音をたてて驚かせたり、勢いをつけて宙に抱きあげたりした。あたしが嫌がって身体をくねらせるとよけいに押さえつけ、わざと毛並みを逆撫でしたり、ぐちゃぐちゃにかき混ぜたりもした。


 ーーやめて!
 叫んでも面白がって笑うばかりで、まともに取り合ってくれない。自分が愛してやっているのだから相手は嬉しいはずだと、勝手に決めこんでいる様子だった。たとえ基本にあるのが愛情だとしても、その示し方によっては相手にただ苦痛しか与えられないのだという、そんな当たり前のこともわかっていないのだ。
 これが猫同士だったら、あるいは行きずりの人間だったら、あたしのこの十本の鉤爪で皮膚なんかべろべろに切り裂いてやれるのに、曲がりなりにも同居人だから始末が悪い。信じられないことに<あたしのヒト>ときたら、このオスに後ろから羽交い締めにされながら、うっとりとあの言葉を口にするのだった。あたしにささやいたのと同じ、あの特別なはずの言葉を。
 ばかばかしくて、情けなかった。猫用の耳栓はないものかと思った。
 そんなふうだったから、やがて<あたしのヒト>とそいつとの間によくわからないけど決定的な亀裂が入り、その果てにとうとう別れることになった時は、どんなに胸がすっとしたことか。ようやくそいつから離れて、ふたりきりで暮らせるのだと思うと、生まれてこのかた曇天か雨だった世界に初めて青空が広がったくらいの解放感を覚えた。
 なのに、<あたしのヒト>ときたら……。
 椅子に座ったあたしの前にしゃがみ、
 「さくちゃん、聞いて」
 彼女はじっと目を覗きこんで言った。いやな予感がした。
 「これから暮らす部屋は、東京のマンションの四階にあってね。地面は遠いし、車が多いから、お前を外に出してあげることはできないと思うの。今までみたいに小鳥やネズミを捕まって遊んだり、夜中に裏山を探検したりもできなくなっちゃうの。ごめんね、さくちゃん。それでも私は、お前を連れていきたい。離れるなんて絶対できないよ。ねえ、一緒に来てくれる?」
 聞かされた内容の半分くらいはうまく想像できなかったし、真夜中の冒険がもう出来なくなるのも寂しかったけれど、あんな粗暴なやつとびくびく暮らすよりは、彼女と二人きりで狭い部屋に閉じ込められる方がむしろよっぽど自由だ。そもそも、そんな当たり前のことをわざわざ訊くなんて、頭がどうかしてるんじゃないか。他にどんな選択肢があるというのだろう。
 ーーあんたは<あたしのヒト>なのよ。どこへ行こうとあたしの身のまわりのこと全部の面倒を見るのがあんたの務めなの。それに、あたしがそばでちゃんと見張ってないと、新しい部屋だってすぐにゴミ溜めみたいになっちゃうだろうしね。
 彼女の指が柔らかな櫛のようにあたしの毛皮を梳き、毛の流れに沿って喉をそっと撫で下ろす。ああ、気持ちがいい。これからはこの指を独り占めできるのだと思ったら、すうっと心が落ち着いた。


 小さく鳴いて肩のあたりに額をこすりつけると、<あたしのヒト>は安堵のあまり泣きそうな顔をした。
 「待っててね、さくちゃん。またすぐに会えるから。部屋を借りる契約を交わして無事に引っ越しが済んだら、その足で迎えに来る。それまでは彼が面倒見てくれる約束だから、どうか我慢してね」
 ーーふざけるなあああーっ!
 と、思いっきり抗議の声をあげたのだけど、どうにもならなかった。こんな時、猫は非力だ。好むと好まざるとにかかわらず、ヒトの決めたことに従わざるを得ない。
 彼女は車にトランクとボストンバッグを積んでいなくなってしまい、あたしは、この世でいちばん我慢ならない人間とふたり、何日も過ごすしかなかった。
 一週間くらい、と彼女は言っていたけれど、人間の時間感覚なんてよくわからない。そもそも彼らは知らないんだようか。時間は伸び縮みするものだということを。
 あたしにとって、彼女を待っている<イッシュウカン>は、無限と同じくらい長く感じられた。大丈夫、またすぐに会えるって言ってたもの、と思うそばから、もう二度とここへは帰ってこないんじゃないかという不安に駆られて息もできなくなる。
 ほんとに、ほんとうに、あたしを迎えに来る?あたしは彼女にとって、それだけの価値がある存在?
 こんなことなら意地を張ったりしないで、もっと素直に甘えておけばよかった。このあたしが、<あたしのヒト>だと認めるのは、世界広しといえどもあんた一人だけなのよって、もっとちゃんと伝えておけばよかった。
 陽が昇り、陽が沈んだ。空は曇ったり晴れたりした。


 オスの人間とは、お互いほとんど口をきかなかった。
 これは公平さのために言っておくけれど、彼はちゃんとあたしにカリカリをくれたし、水も一応毎日替えてくれた。前みたいにあたしを押し倒したり、乱暴に扱ったりはしなかった。<あたしのヒト>が見ていないところではそんなことをする気にもなれないようだった。
 一度、あたしの前に新しい水を置きながらぼそっと言った。
 「ばかだよな。なんでもっと早く、ちゃんと伝えなかったんだろうな」
 あたし自身の後悔のことを言っているわけではなさそうだった。
 食欲はなかったけれど、あたしは努めて食べた。<あたしのヒト>が帰ってきた時、へんに痩せ細っているあたしを見たら、彼が義務を果たさなかったみたいに誤解してしまうかもしれない。まるで罠にはめるみたいな、そんなアンフェアな真似はしたくなかった。
 陽が昇り、陽が沈んだ。雨が降ったり止んだりした。
 あたしは全身全霊で祈った。神さま、<あたしのヒト>を今すぐここに連れ戻して下さい。だって、寂しいんです。寂しくて、会いたくて、たまらないんです。
    そうしてある日、あたしの耳はその音をとらえた。
 次の瞬間、出入り口へと走っていた。専用の小さな扉を額で押し開けて外へ飛びだすと、ああ、やっぱり!見覚えのある、ゴツクて四角な車が停まっていて、運転席から彼女が降り立つのが見えた。 
 あたしは駆け寄り、足元に身体をこすりつけた。
 「さくちゃん!」
 懐かしい声が降ってくる。
 「さくちゃん、ただいま。元気だった?」
 ーーなに言ってるのよ、ばか!
 元気なわけないじゃない!
 デニム地に爪を立てて脚をぐいぐいよじ登り、シャツの胸のあたりをもみくちゃにしてやり、首っ玉にすがりついて顔じゅうに鼻先をこすりつける。
 「わかった、わかったから」
 ーーわかってない!あたしの気持ちなんかどうせ全然、わかってない!
 ひっきりなしに鳴きたてるあたしをなだめるように撫でさすって抱きしめ、彼女は、湿った声で言った。
 「私もだよ。私も、会いたかった。寂しくて寂しくてたまらなかったよ」


 そうしてあたしたちは、ふたりで新しい部屋へと移った。
 生まれて初めて車に乗せられて移動する間、あたしは二秒に一回ずつ力いっぱい鳴いて、カマボコ型のバスケットに閉じ込められるのが大変に不快であることを<あたしのヒト>に教えてやった。
 「ねえ、わかったってば、さくちゃん」
 彼女は、お得意の言葉をくり返した。
 「嫌なのはわかってるけど、もうちょっと我慢して。鳴いたからって早く着くわけじゃないんだよ」
 トンネルじゅうに響きわたるあたしの異議申し立てに閉口した彼女は、とうとうカーステレオのボリュームを上げてため息をつき、
 「さくちゃんにもボリュームのつまみが付いていたらよかったのにねえ」
 失礼極まりないことを言った。


 あたしたちがこれから暮らすことになった部屋は、田舎の一軒家に比べたらほんとに狭かった。窓から見えるのは一面の緑の田んぼじゃなく、黒っぽい運河と無機質なビル群だ。 
 サッシのふちに飛び乗って外を眺めていると、日に何度も、川岸の船宿から古ぼけた屋形船が出て行ったり、対岸のビルを背景に巨大な芋虫みたいなモノレールが横切っていったりした。空はちっとも青くなくて、晴れていても白っぽかった。<あたしの人>はずっと沈んでいた。感情の激しい波がしばしば襲ってきて、そんなとき彼女はひとり、身体を震わせて痛みをこらえていた。
 彼女が枕につっぷして長い間じっとしている時、あたしはそばへ行き、こめかみや耳のあたりの匂いを嗅いだ。塩っぽい体液の匂いがする時のほうが、むしろ安心した。
 ひげの先が触れると、彼女は顔を上げてあたしを抱き寄せる。まるで、溺れかけた人が救命具にしがみつくみたいに。
 その頬や手は、身体の内側に満々とたたえた涙のせいですっかり熱くなっていて、そんな時あたしは、濡れた鼻先をあちこちに点々と押しあてては冷やしてやった。我慢なんか、しなければいいのに、と思った。猫と違ってせっかく泣けるようにできているんだから、泣きたかったらもっと素直に泣けばいいのに。
 明け方、<あたしのヒト>がまだ眠っている時に、そっと布団を抜けだす。人間のオスがいた頃は、毛布に毛が付く、だなんてばかばかしくも当たり前すぎることを言われて寝室に入ることさえ許してもらえなかったものだけれど、今ではもちろん自由だ。
 小さなキッチンの足もと、ボウルいっぱいに満たされた新鮮な水を飲み、チキン味のカリカリを少し食べ、それからサッシのふちに飛び乗って、前肢で口やひげの周りをきれいにする。そうしているうちに朝日が昇ってきて、まっすぐな光が対岸のビル群を強く照らす。昼間はみすぼらしかった建物がどれもみな、黄金の延べ棒みたいに眩しく輝きだす。
 前に暮らしていた場所では、朝日が照らすものは裏山の木々であり、庭の花であり、蜘蛛の巣に連なる透明な露であり、草の根こでうごめく昆虫だった。あたしは、望めばすぐにそれらのそばへ行って匂いを嗅ぎ、手触りや、場合によっては舌触りだって確かめることができた。あたしたちにとっての神さまの恩寵を全身で受けとめ、歓喜にひげの先をふるわせることができた。
 今は、違う。目に映るもののほとんどは、あたしが触れられないものたちだ。
 毛づくろいを終えると、あたしは音もなく床に飛び下りて部屋を横切り、寝室に戻ってベッドの枕元に飛び乗る。眠っている彼女に遠慮なんかしない。ざらざらの舌で頬を舐めてやると、彼女は眉根に皺を刻みながらも寝返りを打ち、布団をテントの入口みたいに持ちあげて、あたしが中に入れるようにしてくれる。


 ぬくもって湿った空気は<あたしのヒト>の匂いに満ちていて、あたしはしばらくそれを嗅いで味わってから中にもぐり込み、そのままじゃまるで陰と陽のシンボルみたいだからそっと向きを変えて、彼女の腋の下にすっぽりおさまるように横たわる。彼女はあたしを潰さないように抱きかかえ、顎の先であたしの額を優しく押して、再び夢と眠りの淵へと滑り落ちてゆく。
 あたしの定位置。あたしだけの場所。今、あたしが唯一触れられる、確かなもの。

…つづく…
特別出演
中村先生の愛猫「白井カッパ」
くんくんの愛猫「黒田マル」


「ねね、ちょっと、私だって猫なんですけどぉ~。名前はまだ無いんですけどぉ~」夏目漱石没後100年&生誕150年記念出版!明治も現代も、猫の目から見た人の世はいつだって不可思議なもので……。猫好きの作家8名が漱石の「猫」に挑む!気まぐれな猫、聡明な猫、自由を何より愛する猫、そして、秘密を抱えた猫ーー。読めば愛らしい魅力があふれ出す、究極の猫アンソロジー!


中村Radio——喜马拉雅FM

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