日语美文朗读:村上春樹--色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年(2)
文摘
文化
2024-10-19 21:07
湖南
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色彩を持たない多崎つくると、
彼の巡礼の年
(2)
自分がその友人グループに加えられている理由が、つくるには時々よくわからなくなった。自分は本当の意味でみんなに必要とされているのだろうか?むしろ自分がいない方が、あとの四人は心置きなく楽しくやっていけるんじゃないか?彼らはたまたまそのことにまだ気づいていないだけではないのか?それに思い至るのは時間の問題ではないのか?考えれば考えるほど、多崎つくるにはわけがわからなくなった。自分自身の価値を追求することは、単位を持たない物質を計量するのに似ていた。針がかちんと音を立ててひとつの場所に収まることがない。 しかし彼以外の四人は、そんなことは気にかけてもいないようだった。つくるの目には、彼らは五人全員で集まり、共に行動することを心から楽しんでいるように映った。これはちょうど五人でなくてはならないのだ。それ以上であっても、それ以下であってもならない。正五角形が長さの等しい五辺によって成立しているのと同じように。彼らの顔は明らかにそう語っていた。 そしてもちろん多崎つくるも、自分がひとつの不可欠なピースとしてその五角形に組み込まれていることを、嬉しく、また誇らしく思った。彼は他の四人のことが心から好きだったし、そこにある一体感を何より愛した。若木が地中から養分を吸い上げるように、思春期に必要とされる滋養をつくるはそのグループから受け取り、成長のための大事な糧とし、あるいは取り置いて、非常用熱源として体内に蓄えた。しかしそれでも、自分がいつかその親密な共同体からこぼれ落ち、あるいははじき出され、一人あとに取り残されるのではないかという怯えを、彼は常に心の底に持っていた。みんなと別れて一人になると、暗い不吉な岩が、引き潮で海面に姿を現すように、そんな不安がよく頭をもたげた。「そんな小さな頃から駅が好きだったのね」と木元沙羅は感心したように言った。 つくるは肯いた。いくぶん用心深く。彼は自分のことを、工科系の学校や職場でしばしば見かける専門馬鹿のおたくだと彼女に思ってほしくなかった。でも結局はそういうことになるのかもしれない。「うん、小さい頃からなぜか駅が好きだった」と彼は認めた。「かなり一貫した人生みたいね」と彼女は言った。いくぶん面白がってはいるものの、そこに否定的な響きは聞き取れなかった。「なぜそれが駅なのか、駅でなくちゃいけないのか、うまく説明できないんだけど」 沙羅は微笑んだ。「それがきっと天職というものなのでしょう」 どうしてこんな話になってしまったのだろう、とつくるは思う。それが起こったのはもう大昔のことだし、できることならそんな記憶は消し去ってしまいたかった。でも沙羅はなぜかつくるの高校時代の話を聞きたがった。どんな高校生で、どんなことをしていたのか?そして気がついたときには、話の自然な流れとして、彼はその五人の親密なグループについて語っていた。カラフルな四人と、色を持たない多崎つくる。 二人は恵比寿の外れにある小さなバーにいた。彼女が知っている小さな日本料理の店で夕食をとる予定だったのだが、遅い昼食をとったせいであまり食欲がないと沙羅が言うので、予約をキャンセルし、どこかでカクテルを飲みながらとりあえずチーズかナッツでもつまもうということになった。つくるもとくに空腹は感じなかったから、異議はなかった。もともとが小食なのだ。 沙羅はつくるより二歳年上で、大手の旅行会社に勤務していた。海外パッケージ旅行のプランニングが専門だ。当然のことながら海外出張が多い。つくるは西関東地域をカバーする鉄道会社の、駅舎を設計管理する部署に勤務していた(天職だ)。直接の関わりはないが、どちらも運輸に関連した専門職ということになる。つくるの上司の新築祝いのホームパーティーで紹介され、そこでメールアドレスを交換し、これが四度目のデートだった。三度目に会ったとき、食事のあと彼の部屋に行ってセックスをした。そこまではごく自然な流れだった。そして今日がその一週間後。微妙な段階だ。このまま進めば、二人の関係が更に深いものになっていくだろう。彼は三十六歳で、彼女は三十八歳。当たり前のことだが、高校生の恋愛とはわけが違う。 最初に会ったときから、つくるは彼女の顔立ちが不思議に気に入っていた。標準的な意味での美人ではない。頬骨が前に突き出したところがいかにも強情そうに見えるし、鼻も薄く少し尖っていた。しかしその顔立ちには何かしら生き生きしたものがあり、それが彼の注意を引いた。目は普段は細かったが、何かを見ようとすると急に大きく見開かれた。そして決して臆するところのない、好奇心に満ちた一対の黒い瞳がそこに現れた。 普段意識することはないのだが、つくるの身体にはひどく繊細な感覚を持つ箇所がひとつある。それは背中のどこかに存在している。自分では手の届かない柔らかく微妙な部分で、普段は何かに覆われ、外からは見えないようになっている。しかしまったく予期していないときに、ふとした加減でその箇所が露出し、誰かの指先で押さえられる。すると彼の内部で何かが作動を始め、特別な物質が体内に分泌される。その物質は血液に混じり、身体の隅々にまで送り届けられる。そこで生み出される刺激の感覚は、肉体的なものであると同時に心象的なものでもある。 最初に沙羅に会ったとき、どこからか延びてきた匿名の指先によって、その背中のスイッチがしっかり押し込まれた感触があった。知り合った日、二人でけっこう長く語り合ったのだが、どんな話をしたのかろくに覚えていない。覚えているのは背中のはっとする感触と、それが彼の心身にもたらした、言葉ではうまく表現できない不思議な刺激だけだ。ある部分が緩み、ある部分が締め付けられる。そういう感じだ。それはいったい何を意味するのだろう?多崎つくるはその意味について何日か考え続けた。しかし形を持たないものごとに考えを巡らすことは、彼のもともと不得意とするところだった。つくるはメールを送り、彼女を食事に誘った。その感触と刺激の意味を確かめるために。 沙羅の外見が気に入ったのと同じように、彼女の身につけている服にも好感が持てた。飾りが少なく、カットが自然で美しい。そして身体にいかにも心地よさそうにフィットしている。印象はシンプルだが、選択にけっこうな時間がかけられ、少なからぬ対価がその衣服に支払われたらしいことは、彼にも容易に想像できた。それに合わせるようにアクセサリーも化粧も上品で控えめだった。つくる自身は服装にあまりこだわる方ではないが、着こなしの上手な女性を見るのは昔から好きだった。美しい音楽を鑑賞するのと同じように。 ふたりの姉も洋服が好きで、彼女たちはデートの前によくまだ小さなつくるをつかまえて、着こなしについての意見を求めたものだ。なぜかはわからないが、かなり真剣に。ねえ、これどう思う?この組み合わせでいいかしら?そして彼はそのたびに一人の男として、自分の意見を率直に述べた。姉たちは多くの場合弟の意見を尊重してくれたし、彼はそのことを嬉しく思った。そういう習慣がいつの間にか身についてしまった。 つくるは薄いハイボールを静かにすすりながら、沙羅の着ているワンピースを脱がせるところを頭の中にひそかに思い浮かべた。フックを外し、ジッパーをそっとおろす。まだ一度の体験しかないが、彼女とのセックスは心地よく充実したものだった。服を着ているときも服を脱いだときも、彼女は実際の年齢より五歳は若く見えた。肌は色白で、乳房は大きくはないがきれいな丸い形をしていた。時間をかけて彼女の肌をなでるのは素敵だったし、射精を終えたあと、その身体を抱きながら優しい気持ちになれた。でももちろんそれだけでは済まない。そのことはわかっていた。人と人の結びつきなのだ。受け取るものがあれば、差し出すものがなくてはならない。「君の高校時代はどんなだったの?」と多崎つくるは尋ねた。 沙羅は首を振った。「私の高校時代のことなんて、どうでもいいの。けっこうつまらない話だから。またいつか話してあげてもいいけれど、今はあなたの話が聞きたい。その仲良し五人組のグループはどうなったのかしら?」 つくるはナッツをひとつかみ掌に載せ、いくつか口に運んだ。「僕らの間には、口には出されないけれど、いくつかの無言の取り決めがあった。『可能な限り五人で一緒に行動しよう』というのもそのひとつだった。たとえば誰かと誰かが二人だけで何かをしたりするのは、できるだけ避けようと。そうしないとやがてグループがばらばらにほどけてしまうかもしれない。僕らはひとつの求心的なユニットでなくちゃならなかった。なんて言えばいいんだろう、乱れなく調和する共同体みたいなものを、僕らは維持しようとしていた」「乱れなく調和する共同体?」。そこには純粋な驚きが聞き取れた。 つくるは少し頬を赤らめた。「高校生だから、いろんなおかしなことを考える」 沙羅はつくるの顔をじっと見ながら、少しだけ首を傾げた。「おかしいとは思わない。でもその共同体は何を目的としていたのかしら?」「グループのそもそもの目的はさっきも言ったように、学習能力や学習意欲に問題がある子供たちを集めたスクールの手伝いをすることだった。それが出発点だったし、もちろんそれは僕らにとってずっと変わらず大事な意味を持っていた。でも時間が経つにつれて、僕らがひとつの共同体であるということ自体が、ひとつの目的になっていったかもしれない」「それが存在し、存続すること自体がひとつの目的だった」「宇宙のことはよく知らない」とつくるは言った。「でもそのときの僕らには、それがすごく大事なことに思えたんだ。僕らの間に生じた特別なケミストリーを大事に護っていくこと。風の中でマッチの火を消さないみたいに」「そこにたまたま生まれた場の力。二度と再現することはないもの」「ビッグバンのこともよく知らない」とつくるは言った。 沙羅はモヒートを一口すすり、ミントの葉のかたちをいくつかの角度から点検した。そして言った。「ねえ、私はずっと私立の女子高で育ったから、公立校のそういう男女混合グループみたいなことは、正直言ってよくわからないの。どういうものなのかうまく想像できない。あなたたち五人は、その共同体を乱れなく存続させるために、それをできる限り禁欲的なものにしようと努めていた。つまりそういうことになるのかしら?」「禁欲的という言葉がふさわしいかどうか、それはよくわからない。それほど大げさなものじゃなかったような気がする。でもたしかに僕らは、そこに異性の関係を持ち込まないように注意し、努めていたと思う」「でもそれは言葉には出されなかった」と沙羅は言った。 つくるは肯いた。「言葉化はされなかった。ルールブックみたいなものがあったわけでもない」「それで、あなた自身はどうだったの?ずっと一緒にいて、シロさんや、クロさんには心を惹かれなかったの?話を聞いていると、二人ともなかなか魅力的な人たちに思えるけど」「どちらの女の子も実際に魅力的だったよ。それぞれに。心を惹かれなかったと言ったら嘘になる。でも僕としてはできるだけ彼女たちのことは考えないようにしていた」「できるだけ」とつくるは言った。また頬が少し赤らんだような気がした。「どうしても考えなくちゃいけないときは、二人を一組として考えるようにしていた」 つくるは間を置いて適切な言葉を探した。「うまく説明できないんだけど、どう言えばいいんだろう。つまり一種の架空の存在として。肉体を固定しない観念的な存在として」「ふうん」と沙羅は感心したように言った。そしてそれについてひとしきり考えを巡らせていた。何かを言いたそうにしたが、思い直して口をまっすぐ閉じた。しばらくしてその口を開いた。「あなたは高校を卒業すると東京の大学に入学し、名古屋を離れた。そうね?」「そうだよ」とつくるは言った。「それ以来ずっと東京で暮らしている」「僕以外の四人はみんな地元の大学に進んだ。アカは名古屋大学の経済学部に入った。父親が教授をしている学部だよ。クロは英文科が有名な私立の女子大に入った。アオはラグビーが強いことで有名な私立大学の商学部に推薦で入った。シロは結局周囲に説得されて獣医学校に進むことはあきらめ、音楽大学のピアノ科に落ち着いた。どの学校もそれぞれの自宅から通学できる距離にあったよ。僕だけが東京の工科大学に進んだ」「とても簡単な話だよ。駅舎建築の第一人者として知られている教授がその大学にいたんだ。駅の建築は特殊なもので、普通の建築物とは成り立ちが違うから、普通の工科系大学に進んで建築やら土木を学んでも、あまり実際の役には立たない。スペシャリストについて専門的に勉強する必要がある」「限定された目的は人生を簡潔にする」と沙羅は言った。 彼女は言った。「それで、他の四人が名古屋に留まったのは、その美しい共同体を解散したくなかったからかしら?」「三年生になったときに、五人で進路について相談をした。僕以外の四人は名古屋に留まって地元の学校に進むつもりだと言った。はっきり口には出されなかったけれど、グループを解体したくないから彼らがそうするんだということは明らかだった」 アカは成績からすれば、東京大学にも楽に入れたはずだし、親も教師もそれを強く勧めた。アオにしてもその運動能力からすれば、全国的に名を知られる大学の推薦を受けることもできただろう。クロのキャラクターはより洗練された、知的刺激のある都会の自由な生活に向いていたし、本来なら当然東京の私大に進んだはずだ。名古屋ももちろん大都会ではあるけれど、文化的な面をとりあげれば、東京に比べてうすらでかい地方都市という印象は否めない。しかし彼らはあえて名古屋に残ることを選んだ。それぞれに進む学校のレベルを一段階落として。ただシロだけは、グループの存在がなくても、最初から名古屋を出ることはなかっただろう。彼女は積極的に外に出て、刺激を求めるタイプではなかった。「おまえはどうするのかと訊かれて、まだはっきり決めていないと僕は答えた。でも実際はそのときには、東京の大学に進もうと心を決めていた。僕だってできることなら名古屋に残って、地元のまずまずの大学に進み、適当に勉強をしながら、みんなと一緒に仲良くやっていたかったよ。いろんな意味でその方が楽だったし、家族も僕がそうすることを望んでいた。大学を出て、父親の経営する会社を継ぐことを、それとなく期待されていた。でもここで東京に出て行かないと、あとになって悔いが残るだろうと自分でもわかっていた。僕はどうしてもその教授のゼミに入りたかったんだ」「なるほど」と沙羅は言った。「それで、あなたが東京に行くことになって、あとの人たちはそのことをどう感じたのかしら?」「みんなが本当にどう思っていたか、そこまではもちろんわからない。でもたぶんがっかりしたんじゃないかと思う。僕が抜けることで、五人の間に生まれた最初の一体感みたいなものは、いったん失われてしまうわけだから」「あるいは性質の違うものになってしまう。もちろん多かれ少なかれ、ということだけど」 しかし彼らはつくるの決心が堅いことを知ると、引き留めたりはしなかった。むしろ励ましてくれた。東京とは新幹線なら一時間半くらいの距離だ。いつだってすぐ帰ってこられるじゃないか。それに志望校に合格できるとは限らないものな、と彼らは冗談半分に言った。実際その大学の入学試験に合格するには、つくるはこれまでになく——いや、ほとんど生まれて初めて——真剣に勉強をしなくてはならなかった。「で、高校を卒業したあと、その五人組はどういう経過を辿ったの?」と沙羅は尋ねた。「最初のうちはとてもうまくやっていた。春と秋の連休も、夏休みも正月の休みも、大学が休みになれば僕はすぐに名古屋に戻り、少しでも多く長くみんなに会うようにした。僕らは以前と同じように仲良く、親密につきあった」 つくるが帰郷している間、久しぶりに顔を合わせるということもあって、話題は尽きなかった。彼らはつくるが街を離れたあと四人で行動していた。しかし彼が帰郷すると、以前と同じ五人単位に戻った(もちろん誰かに用事があって全員が揃わないときには、三人か四人になったわけだが)。地元に残った四人は、時間の中断などなかったようにすんなりとつくるを受け入れてくれた。前とはどこか微妙に空気が違うとか、目に見えない隙間が生じていたとか、そういう感覚は少なくともつくるの側にはまるでなかった。彼はそのことを嬉しく思った。だから東京に一人の友人もいないことも、さして気にならなかった。 沙羅は目を細めてつくるの顔を見た。そして言った。「あなたは東京で一人も友だちを作らなかったの?」「うまく友だちが作れなかったんだ。どうしてか」とつくるは言った。「僕はもともとが社交的なタイプじゃない。でも、閉じこもっていたとか、そういうことじゃないんだ。僕にとっては生まれて初めての一人暮らしだったし、何をするのも自由だった。それなりに楽しく日々を送っていた。東京には鉄道が網の目のように張り巡らされ、無数の駅があったし、見て回るだけで時間がつぶれた。いろんな駅に行って、その構造を調べ、簡単なスケッチをし、気がついたところをノートにメモした」 しかし大学の日々はとくに面白いものではなかった。一般教養課程では専門分野の講義は少なかったし、大方の授業は凡庸で退屈だった。それでもせっかく苦労して入った大学なのだからと思って、授業にはほぼすべて出席した。ドイツ語もフランス語も熱心に勉強した。英会話のラブにも通った。自分が語学の習得に向いているというのも、彼にとっては新しい発見だった。しかしつくるのまわりには、個人的に興味を惹かれる人物が一人も見当たらなかった。高校時代に彼が巡り合ったカラフルで刺激的な四人の男女に比べれば、誰も彼も活気を欠き、平板で無個性に見えた。深くつきあいたい、もっと話をしたいと思う相手には一度も出会えなかった。だから東京では大方の時間を一人で過ごした。そのおかげで前より多く本を読むようになった。「孤独だとは思ったよ。でもとくに淋しくはなかったな。というか、そのときの僕にはむしろそういうのが当たり前の状態に思えたんだ」 彼はまだ若く、世の中の成り立ちについて多くを知らなかった。また東京という新しい場所は、それまで彼が生活を送っていた環境とは、いろんなことがあまりに違っていた。その違いは彼が前もって予測した以上のものだった。規模が大きすぎたし、その内容も桁違いに多様だった。何をするにも選択肢が多すぎたし、人々は奇妙な話し方をしたし、時間の進み方が速すぎた。だから自分とまわりの世界とのバランスがうまくつかめなかった。そして何より、そのときの彼にはまだ戻れる場所があった。東京駅から新幹線に乗って一時間半ほどすれば、「乱れなく調和する親密な場所」に帰り着くことができた。そこでは穏やかに時間が流れ、心を許せる友人たちが彼を待っていてくれた。 沙羅は尋ねた。「それで今のあなたはどうなの?あなた自身とまわりの世界とのバランスはうまくつかめている?」「今の会社に十四年間勤めている。職場にとくに不満はないし、仕事の内容も気に入っている。同僚ともうまくやっている。これまで何人かの女性と交際した。どれも結局実を結ばなかったけれど、それにはまあいろんな事情もある。僕のせいばかりじゃない」 時間はまだ早く、二人の他の客はいなかった。小さな音でピアノ・トリオのジャズがかかっている。「でも戻るべき場所はもうないのね?あなたにとっての乱れなく調和する親密な場所は」 彼はそのことについて考えてみた。あらためて考える必要もなかったのだけれど。「もうそれはない」と彼は静かな声で言った。 その場所が消え失せてしまったことを知ったのは、大学二年生の夏休みだった。
中村Radio——喜马拉雅FM
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