日语美文朗读:猫の神さま(3)最終回-吾輩も猫である
文摘
文化
2024-11-09 21:18
湖南
点击下面的音频可收听节目;也可打开【喜马拉雅FM】【网易云音乐】【蜻蜓FM】【荔枝FM】【苹果播客】等平台,搜索“中村Radio”在线收听或下载节目
その年の冬ーー<あたしのヒト>に、ふたたび恋の季節が訪れた。 当の本人が気づくよりも前から、そばにいるあたしにははっきりわかった。わからないほうがどうかしている。何しろ彼女ときたら、薄べったくて四角い金属の板が<ピルルル!>と小鳥に似た声で鳴くたびに、獲物に飛びかかるような勢いで走っていっては眦を決してそれに目入るのだ。どうやら特定の誰かからのメッセージが届くのを期待しているらしく、それが単なる仕事関係のものだったりすると、あからさまに肩が落ちるのだった。 どうして、つがいの相手なしでは満足できないんだろう。 そう思うと、ひどく寂しかった。あたしは彼女だけいれば充分なのに、彼女はそうじゃない。あたしだけでは充分じゃないのだ。 「もう十何年も会ってなかった昔の恋人なんだけどね」 「わかんないの。どうして私、一度は別れた彼のことがこんなに気にかかっちゃうんだろう。向こうも、どうして今になって私なんかにかまうんだろう」 猫は、ほんとうの気持ちを我慢しない。いくらお腹が空いていたって気にくわない相手にすり寄ったりしないし、撫でられたくない時に背中を撫でまわされるのを許したりもしない。そんなことをくり返していたら、いちばん大事な自由を明け渡さなくちゃなくなる。 <あたしのヒト>が、こんなにきれいで素敵でごきげんな猫の存在を忘れて、あのばかげた四角な金属板ばかりいじり始めるたびに、あたしは隅っこで壁のほうを向き、無言のまま背中から思いっ切り負の信号を発してやった。 テレパシーとかじゃないから、すぐには届かない。とても長くかかる時もあるけど、あたしの送るドブネズミ色の気配はじわじわと部屋の空気を侵食していき、やがて彼女の足もとから這いのぼっていって、ついにその注意を、スマホとか呼ばれる四角な板から引き剥がすことに成功する。
そうすると彼女は、慌ててあたしのそばへ駆け寄ってきては謝るのだ。 あたしは尻尾でぱたんぱたんと不規則に床を叩き、おそろしく気分を害していることを伝える。 「ねえ、誤解しないで。何をしてる時だって、お前のこと忘れたりはしてないよ。ほんとだよ」 よく言う。今、思いっきり忘れてたくせに。あたしはごまかされやしない。 背中に触ろうとする手を、皮膚をぴりりと震わせることで拒んでみせると、彼女はなおも猫撫で声で謝りながら立ちあがって冷蔵庫を開ける。缶詰を出し、中身を皿にあけ、レンジでほんの少し温めてから、あたしの前に置く。べつに缶詰が欲しくて、駆け引きみたいに背中を向けてたわけじゃないのに。 そっぽを向きたいところだけれど、マグロの湯気がふわんふわんと鼻をくすぐる。そんな時あたしは、とりあえず今だけはごまかされてあげることにした。何と言っても、マグロに罪はないんだし。 結局のところ、どちらかが大人になるしかなさそうだった。 あたしにだって、理解できないわけじゃないのだ。<あたしのヒト>が大切にしている仕事ーー恋の歌を書いて、聴く人の心をふるわせる仕事ーーのためには、彼女自身が、恋心を身の裡に絶やすわけにはいかないんだってことぐらい。 それに、今度のオスはたぶん、前のに比べたらずいぶんとましなんじゃないかと思われた。一度もこの部屋に来たことがないばかりか、二人ともまだ電話でのやり取りが再開されたばかりで会ってもいないようだけれど、会話から推し量る限り、その彼は、<あたしのヒト>の性格の美点と問題点とをよくわかっている様子だった。 「たぶんそいつ、自分のことを、きみんちの猫だとは思ってないんじゃないかな」 「猫だってそうじゃん。せいぜい、お情けでこの人間と一緒に暮らしてやってる、くらいの感じだと思うよ」 ーーへえ。オスのくせに、ちゃんと物の道理をわきまえてるじゃないの。 満更でもない気分で寛いでいるあたしを見て、<あたしのヒト>はふんわりと笑みを浮かべた。 胸を、衝かれた。だってそれは、あたしが生まれてこのかた一度も見たこともないほど無防備な、まるで小さな子どもみたいな笑い方だったのだ。 呼ばれたわけじゃないことはわかっていたけれど、あたしは首をねじって彼女を見上げ、微妙にかすれた声で鳴いてみせた。 そうして彼女は、あたしの目をじっと覗きこみながら言った。 電話の向こうの彼は、静かに笑っただけで黙っていた。 その晩、あたしは、枕元に座って<あたしのヒト>の寝顔を見おろしていた。 彼女がうつぶせで寝ているのは、前みたいに、やり場のない涙をこらえるためじゃない。昼間あれだけ話した相手とまたしてもメッセージをやり取りしていて、途中で何かもやもや迷っているうちに、すうっとうたた寝してしまったからだ。 仕事しなくていいのかしら、と老婆心ながら思った。毎日毎日、こんなに色ぼけしてて大丈夫なのかしら。パソコン画面にひろげた原稿用紙は、ここ数日、一行も埋まっていない。こんな調子で、マグロの缶詰はちゃんと買えるのかしら。 ただ、こうしてそばに座っているだけでも、あたしには感じ取れるのだった。彼女の身体じゅうの皮膚のすぐ下を、熱くて濃厚な、およそ手に負えない感情が駆けめぐっているのが。きっと、もうしばらくしたら、彼女はその感情に名前をつけるだろう。彼女にとってはそれが、詞を書くということなのだから。 枕の横に投げだされた手は、眠っていてなお、あの薄べったくて四角な金属板を離さない。こんなものが電話の役目を果たしたり、パソコンやテレビやラジオやカメラの代わりになったりするのが信じられない。 彼女はよく、カシャカシャと写真をたくさん撮っては、当のあたしに見せてくれた。 「これなんかすごく可愛く撮れてるけど、それでも、生身のさくちゃんの魅力にはとうてい及ばないね」 時には、あたしにシャッターを押させることもあった。猫が自分の前肢で画面を押すことで、いわゆる<自撮り写真>を撮れるようになっているんだそうだ。 だからあたしは、知っていた。黒い画面のどこをどうすれば、この板が息を吹き返すかってことを。それから、前のオスと暮らしていた頃は数字をいくつか打ちこまなければ駄目だったものが、あたしとふたり暮らしの今は、何の鍵もかかっていないってことも。 <あたしのヒト>の手の中にある四角い画面に、そろりと前肢を乗せる。黒い画面がたちまち明るくなって、いつもだったらまずあたしの写真が浮かびあがるところだけど、今はそこに書きかけのメッセージが表示される。眠りに落ちる直前までやり取りしていた画面だ。あたしはそれを覗きこんだ。 残念ながら、猫に人間の言葉は読めない。どれもこれも蟻の行列みたいにしか見えないから、何が書いてあるのかはさっぱりわからない。 でもまあ、彼女が、書くには書いたもののあれだけもじもじと迷っていたメッセージだ。とりあえず、送ってみたらどうかしらん。 いつも彼女が指先で押すあたりを、同じように、肉球で押してみる。ぽきん、と変な音がして、画面にフキダシがひとつ増えた。 耳慣れた音に目を覚ました彼女が、頭をもたげる。みっともなく垂れていたよだれを手の甲で拭いながら起きあがり、画面を見るなり、ぽかんと口を開けた。 「やだ、なに、うそ!私ってば送っちゃったの?なんで?」 あたしは素知らぬふりでベッドから飛び下り、いつものように寝室を出て部屋を横切り、サッシ窓の枠のところに飛び乗った。 あたしはふり返らなかった。わざわざふり返らなくても、窓ガラスには、あたふたと電話に出る彼女の姿が映っていた。 夜はまだ早い。そして都会の夜空は明るい。遠くに林立するビル群の間を、山吹色の芋虫みたいに電車が小さく細く横切っていく。対岸のビルの明かりは川面にちらちらと映って、まるで星屑が流れているみたいに見える。 やがて彼女は、四角な板を握りしめたまま、あたしのそばにやってきて言った。 「どうしよう、さくちゃん。彼、あと一時間くらいでここへ来るって」 どうしようもこうしようもない。まずは、この部屋の惨状を何とかしたらどうなの。 あたしは窓枠から飛び下り、そのへんに乱雑に積み重ねてある雑誌の山に頭をこすりつけて、どさどさと崩してやった。 「そ……そうね、そうよね、片付けないとね。……あ、お風呂も!」 いくつもの服の山を飛び越えるようにして、バスルームへ走ってゆく。 お風呂。脱ぎっぱなしの服より、流しの洗いものより先に、気になるのはお風呂の掃除ですか。どうやら彼女は今夜、このあたし以外と抱き合って眠るつもりらしい。 ため息がもれた。猫にも苦笑いができればいいのにと思った。 仕方がない。こういうことになると半ばわかっていて、彼女の背中を……もとい、スマホとやらの画面を押したのはあたし自身だ。 ふたたび、窓枠に飛び乗る。ここがいちばん、掃除の邪魔にならないだろう。 これは、あの言葉へのお返しだった。猫の道義として、あたしは同じだけのものを彼女に返さなくちゃいけない。あたしにもまた、<あたしのヒト>の面倒をみる義務と責任があるのだ。 立ちあがり、長々と伸びをしてから、窓ガラスに自分の姿を映してみる。 きらめくマスカット色の瞳。霞がかった三色の毛並み。ぴんと張りつめた白いひげと、先までまっすぐな尻尾。悪くない。<あたしのヒト>に恥ずかしい思いをさせる心配はまったくないと言っていいだろう。 前にも話したと思うけど、猫にとっての神さまは、人間にとってのそれとは違う。おまけに今は、人間のぶんまでお願いしなくちゃならない。 あたしは、とりあえず川面にかがよう星屑に祈ってみる。 今度のオス、古くて新しくもあるそのヒトのオスが、あたしと<あたしのヒト>を、どうか丁寧に優しく扱ってくれますように。「ねね、ちょっと、私だって猫なんですけどぉ~。名前はまだ無いんですけどぉ~」夏目漱石没後100年&生誕150年記念出版!明治も現代も、猫の目から見た人の世はいつだって不可思議なもので……。猫好きの作家8名が漱石の「猫」に挑む!気まぐれな猫、聡明な猫、自由を何より愛する猫、そして、秘密を抱えた猫ーー。読めば愛らしい魅力があふれ出す、究極の猫アンソロジー!
中村Radio——喜马拉雅FM
点击 ⬇ ⬇ ⬇ 快速收听节目